過去のパワハラ上司への謝罪を綴る!怖れからの解放後のセルフワーク!

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コーチング

こんにちは、ライフコーチあきちゃんです。

最近、仕事にてパワハラ体質な客先の相手をしており、怒りをぶつけられたりして、嫌な気分になっている、今日この頃です。

彼はどうやら、わずかな非を見つけては相手を責め、謝罪をして欲しいようです。

片や僕は、自分のメンタルブロックが外れていき、逆に放心状態なような、脱力した感じで過ごしています。

ふと、過去のパワハラ上司の記憶がよみがえったので、ちょっと振り返ってみたいと思います。

5年前の広島での苦い記憶

工場の大規模改修工事と言う大きな仕事の技術責任者としての立場で仕事をしていました。

会社的には中堅の立場で荷が重い面もある内容でした。

3年間のプロジェクトで、1年目の設計段階はトラブルも顕在化せずに、上司との関係も良好でした。

しかし、1年目の最後に大規模工事1段目を行った際、重大な設計ミスや、想定外の運転トラブルが頻発し、職場はパニック状態になりました。

僕も、1個、2個くらいのトラブルは冷静に対応しておりましたが、次々に起こるトラブルに頭が真っ白になりました。

緊張の糸が切れる感覚です。

すべてにネガティブになり、キャパオーバーのためか頭が真っ白で思考力がなく、3階に行こうと思うと、2階に忘れ物があると取りに行き、前へ進めないことも起こり、すべてが上手くいかない状態でした。

そんな中、もともとイラつきなど、感情的と言われていた上司の態度が日に日に悪化し、厳しい態度をとるようになりました。

僕自身もトラブルの非があるため、強い態度に言い返せず、ただただ萎縮するだけでした。

心も折れ、能力も追いつかないため、自分が何とかします、とも言い出せず、上司の指示に従いながら、ギクシャクした日が続きました。

怒り続ける上司から責められ、何かの拍子に「八つ当たりくらいさせろよ」と言われたことがあり、執拗に責められているのだなと理解しました。

その後、自分自身も内面を磨いたり、仲間を頼ったり、会社的にサポートもあり、何とか仕事を終えました。

しかしながら、その上司のことはその後も怖い、嫌いという感情は残り続けました。

最近の仕事でのパワハラ体験

広島の仕事をきっかけに、自分の仕事観ややり方もバージョンアップし、会社の中でも目覚ましく活躍できたと思っています。

そういう意味でも広島での経験は、自分のターニングポイントであり、関係者に色々迷惑もかけましたが、今では、自分にとってはプラスの出来事と捉えることができます。

そんな中、普段とは違う業界の客先を相手にした際に、パワハラ対応を受け、高圧的なたいどでキレられました。

こちらも萎縮することもなく、こいつ何言ってんだ?、くらいに半笑いで対応しております。

解放後の捉え直しや行動の宿題

パワハラ体験をしたことで、広島でのことがフラッシュバックします。

しかし、コーチングやヒーリングを学び自分の中のメンタルブロックを解放していったことで、捉え方が大きく変わった気がします。

嫌いだったパワハラ上司と今なら当時のことを話すことができそうだなと、ふと思いました。

直接話す勇気は湧いてきましたが、そういう場を設けるのもタイミングがあるので、この場を借りて、話したいことを書き綴ってみたいと思います。

過去のパワハラ上司への謝罪

当時はトラブル続きで自分もいっぱいいっぱいでした。

自信も無くして、何やっても上手くいかず、何もできなかったです。

そんな中、トラブル対応を積極的に取り組んでいただき、解決につながったと思います。

当時の僕には難しいことを要求されたり、高圧的な厳しい態度で、とてもつらい思いをしました。

今、自分にも部下がおり、彼らの仕事ぶりをみて、ヤキモキすることはありますので、当時の自分に対して、色々言いたいことがある気持ちも理解できるようになりました。

今になって思えば感謝することがたくさんありました。

仕事面では、トラブルに対し客先と交渉してくれたこと、

問題の原因をしっかり分析して、対策立案や社内レビューなど基礎的なこともしっかりされていたこと、

実現困難な状況に対して、関係者を説得して実現に導いたこと、

最後まであきらめず、責任をもって、これら全体を取りまとめたこと。

感謝とともに学ぶこともたくさんありました。

最後の方の面談で、大事なことは、「本質をつかむこと」、と言うアドバイスをもらいました。

確かに肝となる言葉で、役に立つものでした。

そして、最後に、

ふがいない自分でいたこと、

設計ミスの責任から逃げる態度でいたこと、

怒りを向けられてただただ萎縮していたこと、

そこから嫌いでいつづけたこと、

避けていたこと、

心が折れて何もできない状態でいたこと、

これらのことを謝らなかったこと、

時間が経ちましたが、本当に申し訳ありませんでした。

謝罪=罪悪感の先の気づき

では、いったい何に対して謝っているのでしょうか。

罪悪感を探っていきたいと思います。

責任をとれない、取りたくないという想いが強くありました。

自分は悪くない、という主張が出てきます。

そこから、責められることが嫌で怖い、気がします。

過去の記憶とつながってい見ると、弟をいじめて、怒られて、責められたことがあったような気がします。

言うことを聞かない弟が気に入らなくて、いじめたり、意地悪したり、強制したり、色々したと思います。

今思えば、僕から母親をとった嫉妬や怒りをぶつけていたのだと思います。

そんな僕が自分は悪くないんだよー、と言っている気がします。

整理すると、

愛されたいけど愛が少なく感じた

⇒弟へ八つ当たり

⇒それを母親から責められ、怒られる

⇒弟が悪いんだよ、自分は悪くないんだよー

⇒責められるのは嫌、

⇒謝るのも嫌

この構造だったのだと結論付けました。

弟にも、意地悪してごめんね、って伝えます。

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