僕が求めていたのは、まさかの”必要としてくれる人”だった!

HSP・繊細さん

大切な仲間との別れを経験した。

 

なぜ、言葉にしなかったのだろう。

 

もっと優しくしなかったのだろう。

 

後悔が、押し寄せてくるものだ。

 

今回は、心と向き合った話をしよう。

 

内観の先に見たもの

その奥には、好きだという気持ち、

大切に思う気持ちがあって、

離れることへの寂しさがあった。

 

このどうしようもない衝動の正体を捕まえたくて

ホワイトボードに書き出していった。

仲間との関係、自分の今の感情、現在起きている出来事

淡々と書き出し、閃いたことを次々に書いていった。

 

その時、「交流会を主催」という文字に目がいった。

 

交流会はなぜ続いているのだろう?

立ち止まって考えてみると、

ふと、思い立ったのは、

必要とされているからだった。

 

その時、ハッと気が付いた。

大切な人との関係は、これだと。

必要としてくれたからだ、と。

 

このことに気が付いた瞬間、号泣した。

涙が出た。

そうだよ、必要とされたかったのだよ。

僕は必要とされたかったんだよ。

心の声が、

インナーチャイルドの声がはっきりと聞こえた。

しばらく感情を吐き出した。

 

 

つまりね、

相手が必要としてくれた、

すると、僕は全力で答えた。

そうすると、喜んでくれた。

ますます、尽くしたくなる。

 

この気持ちのよい循環が溜まらなく幸せだった。

 

好きとか、大切とかは、後付けの気持ちだった。

 

よくよく思えば、他にも会話の中で、

繊細さんとの会話は楽だし楽しいねという話をしていた。

それは、相手がしっかり受け取ってくれて、

よく聞いてくれるから話しやすいのです。

 

それこそエネルギーが流れやすい、

循環しやすいことです。

 

同じように対人関係で

相性がいい、悪いというのも、

このエネルギーの流れやすさや循環しやすさだね、

という話題で盛り上がったものだ。

 

 

そこからさらに、掘り下げると、恐ろしい事が分かってくる。

必要としてくれることが、嬉しいと言うこと。

逆に言えば、現在はそうでない、

「必要とされていない」と言うことになる。

 

自分には価値がないという思いこみ!

つまり、

必要とされていない自分=価値のない自分

と言うことである。

 

私自身、どこか自信がなかった。

自分を好きになれなかった。

その原因が、自分には価値がないと

思っていたからだ。

 

このことに至った時、ふと思い出すのは、

自分には弟がいて、

弟の方が、親に可愛がられている気がすること。

幼少期の体験が、自分の価値を小さいものにしてしまったのかもしれない。

 

そのおかげで、努力しないと、ちゃんとしないと

価値がないと思った私は、

勉強、部活、仕事などちゃんとしようと

頑張ってこれた。

成果も出せたのかと思う。

そう思うと、この思考にも感謝はある。

 

ここまでわかったけど、じゃあどうするか?

楽しい思い出が頭をよぎるのはしょうがない。

無理に忘れるのではなく、

あえて、詳細に思い出してしまう。

 

傷ついた私のこれからのアプローチ!

強く味わって、味わい尽くす。

そして、何が大事なポイントなのか

抽象度を上げて捉え直しをする。

 

一緒にいる時間が楽しかった、から一段上げて

エネルギーの循環が楽しいと感じた、など。

抽象度を上げて捉えていく。

 

そうしたら今度は、

その抽象度上げた概念で未来の行動を作っていく。

エネルギーの交流であれば、

そういう人との付き合い方に変えていく。

そういう人と出合う場に行くなど。

 

今回の別れを起点とする出来事から、

「必要とされること」が自分にとって

どれだけ大切か分かった

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